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「敷かれたレールの上を走る人生なんて真っ平だぜ!」 昔よく言われたこの言葉、令和ではこう変わったらしい

「敷かれたレールの上を走る人生なんて真っ平」

この言葉、昔からよく言われていましたね。いったいどこから流行りだしたのか謎なのですが、私もいろいろなところから聞いたことがあります。

つまりは、他人にこうしろと言われるがまま生きるなんてつまらないといった感じの意味なんだと思います。

確かに人に言われたことだけをやっているなんて、まるで自分の意志がないようです。自分のやりたいこと、思ったことを貫き通すような反骨精神で行くのがカッコいいとされてきたのでしょう。

しかし、これはあくまで昔に流行った言葉であるため、令和となった今では別のニュアンスに変わっているそうなんです。

いったい令和では、なんという言い回しに変わっているのでしょうか?



「敷かれたレールの上を走る人生なんて真っ平」が20世紀の青少年の悩みだとしたら、21世紀の青少年は「安心して走れるレールを敷いてほしいんですが」だったりしますね

※ツイート元より引用

●今なんて決められたレールはあるけど、その上に置き石されててそれに当たったら脱線して終了するレベル

●レールのある方の人ですが、「まさかそのレールの先、崖になってたりしませんか?」みたいなことは結構思います

●社会とかの教科書、「○○が日本の大きな課題です」とか「○○の為に努力しなければなりません」とか我々に任せてばっかり…

●少子高齢化で、そのレールをひくお金すらありません。保守も十分できません、みたいな近未来予測。😰😰

●可能性を信じられる心境の時は前者、それどころじゃない状況では後者が強くなるのかも

●それに乗りきれる能力あっての発言なのですかね…. 21世紀青少年がそれなりの年になった時、誰がレールを敷くのですかね…。なんと言うか、、謎めいてます。。。

●「自分がレールを敷いてやる✨」
 そんな意気込みで生きたいですねm(_ _)m☘

●攻略サイトの情報見て何も考えずに真似する脳死ゲーマーに似てる

●親の敷いたレールが地獄への舗装ロードだったケースは多々ありますからねえ

●コメ欄見て、どちらも言ってることは同じなのかな?と思いました。 「崖に繋がるレールを歩かせられるのは真っ平だ。安心して走れるレールを敷いてくれ」 かと。



これが昭和と令和の大きな違い!

これは若者がいかに安定を手にしていないかを指している絶妙な言い回しなのではないでしょうか。

自分がいかにやりたいことがあり、それを貫きたくても…その下地が出来ていなければそこにたどり着くことすら出来なかったりします。

しかし、そんな中でも自分のやりたいことを貫く若者は確かに存在しています。あきらめないで、レールを敷く側につけるような若者が出てきてくれたら日本の未来は明るいですね!

私はレールを何度も脱線するたびに、不格好なレールを新しく敷いて人生を進んでいます。もちろん真っすぐではなく、何度も急な上り坂があったり、下り坂があったり…

安定を手にするのも、自分が立派なレールを敷こうと思えばいつかきっと!

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