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理想の大人像とは何か?子供のころはカッコ悪いと思っていた、こんな人が真の理想像かも?

子供の頃に想像した、理想の大人像。こんな大人になりたいと思う反面、こんな大人にはなりたくないと思うものもあったかもしれません。

だいたい小さい頃に抱く理想像はカッコいい大人だったり、憧れている人・芸能人が多いものです。だからこそ、身近にいる人にあまり理想を抱かなかったりするものなのかもしれません。

しかし、それはあくまで子供の頃の話。改めて身近で見ていた大人の印象が、自分が大人になってからはどのように印象が変わるものでしょうか。

今回は小さい頃に抱いていた大人像が、大人になって大きく変わったという呟きをご紹介致します。



「ギャグはつまらんが人は傷つけない陽気なふとっちょおじさん」みたいな存在、子供の頃には確実に「カッコ悪い、なりたくない大人像」の上位だった記憶があるんだけど、だんだん歳を取るとあれが「中年男性の理想的な完成型」なのではないかという思いが強くなっていく。

攻撃性や不機嫌で人を動かそうとせず、「もてなされる」立場を極力避け、若手に気を使わせずに会話できる相手であろうとすると、中年男性の最適解は自ずとこの「ギャグはつまらんが人は傷つけない陽気なふとっちょおじさん」に収束していくんじゃなかろうか。

そして、大人になると「そうあること」がいかに本人にとって難しくて、いかに周囲の人々の救いと助けになっているかを思い知る。「ギャグはつまらんが人は傷つけない陽気なふとっちょおじさん」に畏敬の念すら湧いてくる。

※ツイート元より引用

●これは同感。
 子どもの頃なりたくない大人になる、一見否定的な言葉だが、いろんなことを見て、聞いて、学んだりした結果、本当に良いものが見えてきた。
 そんなことだと思う。

●そういうヒトが、先輩だと仕事しやすいだろうし、めっちゃ頑張れるし、仕事できれば尊敬もしてしまうからズルい

●女だけどこうなりたい。いつも機嫌が良くて誰も傷つけないのって簡単なことではない。

●太っちょではないけど中堅になってはいるかなー
 気をつけてはいるけどネガティブな愚痴が多いやつだと凍るね。だいたいフォローも難しい相手だったりでさ。とりあえず抑えられる限りは怒鳴ったり切り返したりはしないけど

●つまんないギャグを
 つまんないと言わせることで
 若手のストレスを放出させる
 人格者の鑑

●実際、そばにいて救われるのはそういう人ですからねぇ

●わたしはそういう、おふざけが誰も傷つけない、おバカ(失礼)っぽく見えるけど実はすごく計算の上でみんなを楽しませるようにするスキルって、凄いって思いますです。

●安定した温厚な人格って、中々得難い性質なんですよね。

●陽気さやギャグがつまらなくても許されるポジションは、精神性だけの問題ではなくて、その年齢に至るまでに獲得した社会的地位の反映でもありますからね。
 低収入だと余計同じ事をするのは難しくなります。

●人を傷つけることに無頓着な人って結構いますからねぇ
 私もそんなひとになりたい

●正反対の「人を傷つけてでも自分の要求を通すことで自己肯定感を保っている大人」が本当に多いですからね……

●この一連のツイートに補足すると、オヤジギャグってね、外れると分かってて外すの。「面白い人、面白いセンスの持ち主だと思われたいという欲や見栄、カッコつけ」を脱ぎ捨てた姿なのよ。やってみると分かるが、これは凄い難しい。人はただの加齢や無意識ではオヤジになれない。

●ほとんどギャグはつまらん自慢話と昔話ばかりのモラハラセクハラおじさんに進化してしまう例が多いからこれはマジでそうだと思う

●ギャグも面白い人も傷つけない陽気な太っちょおじさんがいましてね。
 サンドウィッチマンっていうんですが。

●そういう人に、私はなりたい



本当の理想は身近にあった!?

これは大人になって、社会を経験した今だからこそ私も非常に納得しますね。

仕事をしているときも、まさにこのような社内での空気を大事にしている人といいますか…カッコよくはないかもしれないけれど、そういう人は素敵だなと思えます。

私もこれまで色々な人を見てきましたが、リプ欄にもあるような人が圧倒的に多かった印象です。私もそういう人たちの中でずっと過ごしていたらそういう大人になってしまうのかと思ってしまいました。

ちょっと職場などでしょうもないような事を言える人って実は貴重な存在なのかもしれませんね。慕われるような人間像というか、自然と人が集まってきて楽しそうにしていそうなイメージです。

太っちょではないですけど、高田純次さんみたいな人は見ていて楽しいですからねw
私はああいう楽しそうな大人がいいなって思います!

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